「収入20ポンド、支出19ポンド6ペンスなら幸福。支出20ポンド6ペンスなら惨め」ディケンズに学ぶ収入より少なく使う豊かさの法則
収入が増えてもなぜかお金が貯まらない人へ。チャールズ・ディケンズ、本多静六、ウォーレン・バフェットの名言から、収入より少なく使うだけで豊かさが生まれる仕組みと実践法を解説します。
わずか「6ペンスの差」が幸福と惨めさを分ける
イギリスの文豪チャールズ・ディケンズは、小説『デイヴィッド・コパフィールド』に登場するミコーバー氏の口を借りて、こう語らせています。「年収20ポンド、年間支出19ポンド19シリング6ペンスなら、その結果は幸福。年収20ポンド、年間支出20ポンド0シリング6ペンスなら、その結果は惨めである」。
これは「ミコーバーの原則」として、今日でも家計やマネー教育の世界で繰り返し引用されます。注目すべきは、幸福と惨めさを分けるのが、収入の額そのものではなく、たった「6ペンス」という微差だという点です。収入が多いか少ないかではなく、収入を「わずかでも下回って暮らせるか」が、人生の安心と不安を分ける——ディケンズはこの真実を、150年以上前に見抜いていました。
現代の私たちも同じ罠にいます。収入が増えると、それに合わせて生活水準が上がり、支出も膨らむ。気づけば収入20ポンドに対して支出20ポンド6ペンスの暮らしを続けている。額面は増えたのに、心は常に少しだけ追われている。ミコーバーの原則は、この見えにくい構造を一行で言い当てているのです。
本多静六の「四分の一天引き貯金法」
日本で「ミコーバーの原則」を徹底的に実践した人物が、東大教授であり林学者・投資家でもあった本多静六です。彼は給料が入ると、まず四分の一を問答無用で天引きして貯蓄・投資に回し、残りの四分の三で生活する「四分の一天引き貯金法」を生涯貫きました。
この方法の核心は「先に取り分けて、残りで暮らす」という順番にあります。多くの人は「使った残りを貯めよう」とし、結果として何も残りません。本多はその順番を逆にしました。最初に貯蓄を確保すれば、人は不思議と残りの範囲で工夫して暮らせる——これは行動経済学でいう「強制的な仕組み化」の好例です。
本多はこの地道な習慣を続けた結果、莫大な資産を築き、晩年にはそのほとんどを匿名で寄付したと伝えられています。彼は「貯金は金額の多寡ではなく、続ける習慣そのものに価値がある」と語りました。収入より少なく使う——それを仕組みにした人だけが、長期的な豊かさを手にするのです。
バフェットが教える「支出と貯蓄の順番」
投資の神様ウォーレン・バフェットも、同じ原則を別の言葉で表現しています。「使った後に残ったものを貯金するのではなく、貯金した後に残ったものを使いなさい」。本多静六と完全に同じ思想です。
バフェットは世界有数の富豪でありながら、数十年前に購入した質素な家に住み続けていることで知られます。彼の哲学は「収入の増加に生活水準を引きずられない」こと。収入が増えても支出をすぐには上げない、その差額をひたすら投資に回す——この単純な規律の複利が、長い年月をかけて莫大な富を生みました。
ここで重要なのは、これが「我慢の話」ではないということです。バフェットは欲しいものを我慢しているのではなく、本当に価値を感じないものに最初から関心がないだけです。豊かさとは、たくさん使えることではなく、収入を下回って暮らしてなお満ち足りていられる、その精神的な余裕のことなのです。
家計簿アプリの「支出グラフ」を見た夜の小さな発見
少し個人的な話をさせてください。ある月末の夜、なんとなく家計簿アプリを開いて、月ごとの支出グラフを眺めていたことがありました。収入はそれなりに増えているはずなのに、なぜか口座の残高がほとんど横ばいで、漠然とした不安だけが胸に残っていたのです。
グラフをよく見ると、収入が増えた月ほど、外食や細かな買い物の支出も同じくらい増えていることに気づきました。「増えた分だけ、知らないうちに使っていたんだな」と、少し苦笑いしてしまいました。誰かに浪費を咎められたわけでもないのに、自分の選択の積み重ねがそのまま数字に出ていて、妙に正直なグラフだなと感じたのを覚えています。
その夜、試しに「収入が入ったら、まず一定額を別の口座に動かす」という小さなルールを一つだけ作ってみました。たったそれだけのことなのに、翌月の支出グラフは自然と少し下がり、残高がゆっくり右肩上がりに変わっていきました。我慢を増やしたわけではなく、順番を変えただけ。ミコーバーの言う「6ペンスの余白」は、意志ではなく仕組みで作れるのだと腑に落ちた瞬間でした。
「収入より少なく使う」を仕組みにする四つの手順
ミコーバーの原則を意志に頼らず実践するには、次の四つの手順が役立ちます。
第一に、給料が入ったら「先に取り分ける」。本多静六やバフェットと同じく、貯蓄・投資分を最初に別口座へ自動で移す設定にします。残ったお金だけで暮らす前提を作るのです。
第二に、「固定費」から見直す。家計改善というと食費や趣味を削りがちですが、心理的な負担が大きい割に効果は限定的です。通信費・保険・サブスクといった固定費を一度見直せば、我慢を増やさずに毎月の支出を恒久的に下げられます。
第三に、「収入が増えても生活水準を上げすぎない」。昇給やボーナスがあったとき、増えた分の半分は先取り貯蓄に回し、残り半分だけ生活を豊かにする——この「ハーフルール」が、収入と支出の間に余白を保ち続けます。
第四に、「6ペンスの余白」を可視化する。毎月、収入と支出の差額がプラスだったかを一目で確認する習慣を持ちます。差額がプラスである限り、あなたは確実にミコーバーの言う「幸福」の側に立っています。
「余白」が選択の自由を生む
なぜ、たった6ペンスの余白がそれほど大きな違いを生むのでしょうか。それは、余白が「選択の自由」を生むからです。
支出が収入と同じか上回っている人は、不本意な仕事を断れず、理不尽な要求にも従わざるを得ません。お金に追われている限り、人生の主導権は常に他人にあります。一方、収入を下回って暮らし、少しずつ蓄えを増やしている人は、「いつでもノーと言える」という静かな自信を持てます。この自由こそが、額面以上の豊かさなのです。
モーガン・ハウセルは著書『サイコロジー・オブ・マネー』で、「富とは、目に見える贅沢ではなく、まだ使っていないお金の中にある」と書きました。高級品はお金を使った証拠ですが、本当の富は、使わずに残した余白の中に静かに積み上がっていきます。ミコーバーの6ペンスは、その余白の出発点なのです。
今日から「19ポンド19シリング6ペンス」の側に立つ
ディケンズが描いたミコーバー氏は、皮肉にも自分ではこの原則を守れず、借金に追われ続ける人物でした。だからこそ彼の言葉は、頭で分かっていても実践がいかに難しいかを、私たちに正直に教えてくれます。
しかし、その実践はけっして英雄的な節約や苦行ではありません。収入の額を増やすことだけに必死になる前に、「収入をほんの少し下回って暮らす仕組み」を一つ作る。先に取り分け、固定費を見直し、増えた収入に生活を引きずられない。たったそれだけで、あなたは惨めさの側から幸福の側へと、静かに移ることができます。
今日、給料の振込口座に、もう一つ「先取り貯蓄用の口座」を結びつけてみてください。最初の一回でいい。その小さな仕組みが、ミコーバーが150年以上前に語った「幸福」への、確かな第一歩になります。
この記事を書いた人
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