「お金で幸福は買えないと言う人は、使い方を間違えている」エリザベス・ダンに学ぶ時間を買う支出が豊かさを生む理由
稼いでも豊かさを感じない人へ。エリザベス・ダン、ヴィッキー・ロビン、本多静六の知見から、モノではなく『時間』を買う支出がなぜ幸福度を高めるのか、その研究結果と今日からできる実践法を解説します。
「お金で幸福は買えない」は本当か
幸福研究の第一人者である心理学者エリザベス・ダンは、こう言い切ります。「お金で幸福は買えないと言う人は、おそらく使い方を間違えているだけだ」。彼女の研究が示すのは、富そのものではなく、富の『使い方』が幸福度を左右するという事実です。
同じ金額を使っても、何に使うかで満足度はまったく違ってきます。多くの人は収入が増えると、より大きな家、より高い車、より多くのモノへとお金を流していきます。ところが幸福度のデータを追うと、その方向への支出は驚くほど早く頭打ちになる。なぜなら人間には『快楽順応』という強力な仕組みがあり、手に入れたモノの喜びにはすぐ慣れてしまうからです。新車の高揚感は数週間で日常に溶け、やがて当たり前の風景になる。ダンが提唱するのは、この順応の罠を抜け出す、まったく別の使い方です。
ダンが明かした「時間を買う」支出の力
ダンらの研究で特に注目されたのが、「時間を買う支出(タイム・セイビング・パーチェス)」です。掃除や料理、面倒な雑務を外部に任せるためにお金を使う——つまりモノではなく『自由な時間』を買う支出は、幸福度を有意に高めることが複数の調査で示されています。
興味深いのは、収入の高低にかかわらずこの効果が確認された点です。それでも、実際に時間を買う支出をしている人は少数派でした。多くの人は、罪悪感や「自分でやるべきだ」という思い込みから、嫌な作業に自分の時間を費やし続けてしまう。ダンはここに大きな機会損失があると指摘します。私たちが本当に取り戻すべきなのは、ストレスの多い時間をお金で減らし、その分を大切な人との時間や没頭できる活動に振り向けることなのです。
経験への支出がモノへの支出に勝る理由
ダンの研究のもう一つの柱が、「モノより経験にお金を使う」という原則です。旅行、学び、人との食事、コンサート——こうした経験への支出は、モノへの支出よりも長く強い幸福をもたらします。
理由は三つあります。第一に、経験は記憶として残り、思い出すたびに繰り返し幸福を生み出します。モノは古びていきますが、思い出は語るほどに磨かれていく。第二に、経験は他人と比較しにくい。隣の人の車とは比べてしまっても、自分の旅の体験はそもそも比較の対象になりません。第三に、経験はしばしば人とのつながりを伴い、それ自体が幸福の源泉になります。ダンは「経験は、買った瞬間より、それを楽しみにしている期間と、後で振り返る期間にこそ幸福を生む」と述べています。一回の支出が、期待・体験・回想という三つの幸福を生むのです。
「先に与える」支出が自分を最も豊かにする
さらにダンの研究で示された意外な事実が、「他人のためにお金を使うと、自分の幸福度が上がる」というものです。これは複数の国や文化で再現された頑健な結果です。
少額でも、誰かにコーヒーをおごる、寄付をする、家族にちょっとした贈り物をする——そうした『向社会的支出』は、同じ額を自分のために使うよりも幸福度を高めました。お金を使う対象を自分の外側に向けると、つながりや意味の感覚が生まれ、それが豊かさの実感につながるのです。「与えることの中に幸福がある」という古くからの教えは、現代の幸福研究によって裏づけられたと言えます。
給湯器が壊れた週末に気づいたこと
少し個人的な話をします。以前、ある週末に水回りの設備が壊れて、自分で直そうと半日かけて格闘したことがありました。結局うまくいかず、説明書とにらめっこしながらイライラだけが募り、せっかくの休日が灰色に染まっていったのを覚えています。
夕方、ようやく観念して専門の人に頼んだら、あっという間に直してしまいました。支払った金額は決して小さくはなかったけれど、不思議と惜しいとは思わなかった。むしろ「ああ、自分はこの半日で、お金には代えがたいはずの休日の時間と機嫌を、両方とも失っていたんだな」と気づいたのです。
その夜、ようやく落ち着いた気持ちで家族と過ごしながら、お金で時間を買うというのは贅沢でも怠けでもなく、自分の人生の時間をどこに置くかという選択なのだと、静かに腑に落ちました。それ以来、苦手な作業に時間を溶かしそうなときは、「これは時間を買うべき場面か」と一度立ち止まって考えるようになりました。
富とは「使わなかったお金」で決まる
時間や経験にお金を使うと言っても、無限に使えるわけではありません。ここで重要になるのが、土台としての堅実な家計です。本多静六は、収入の一部を必ず先に貯える「四分の一天引き貯金」を生涯実践し、莫大な資産を築きながらも質素に暮らしたことで知られています。
ファイナンシャル・インディペンデンスの古典『お金か人生か』の著者ヴィッキー・ロビンは、あらゆる支出を「自分の人生の時間(命の時間)」と引き換えに得たものとして捉え直すことを提案しました。一万円のモノは、自分が稼ぐためにどれだけの命の時間を差し出したか、で評価し直すべきだという考え方です。この視点を持つと、なんとなくの浪費が減り、本当に幸福度を高める支出だけが残ります。土台となる蓄えがあるからこそ、時間と経験を買う支出が、安心して幸福へと変わるのです。
今日から始める「豊かになるお金の使い方」
ダンの知見を、今日からの行動に落とし込んでみましょう。
まず、毎月最もストレスを感じている雑務を一つ書き出し、それをお金で減らせないか検討します。家事代行でも、時短家電でも、宅配でもかまいません。買うのはモノではなく『自由な時間』です。
次に、モノを衝動買いしそうになったら、同じ金額で得られる『経験』を一つ思い浮かべ、どちらがより長く心に残るかを比べてみます。多くの場合、経験のほうが豊かな記憶を残します。
そして、月に一度でいいので、誰かのために少額を使う習慣を持ちます。与える喜びは、自分のための支出には宿りにくい種類の幸福をもたらします。
お金を「より多くのモノ」に変え続ける人生か、お金を「自由な時間・心に残る経験・人とのつながり」に変える人生か。ダンが教えるのは、同じ富でも、使い方次第で人生の豊かさはまったく変わるという真実です。次に何かを買おうとするとき、「これは私の時間と幸福を増やす支出だろうか」と、一度だけ自分に問いかけてみてください。その問いが、あなたのお金を、本当の豊かさへと変えていきます。
この記事を書いた人
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