「良いアイデアを得る最善の方法は、たくさんのアイデアを持つことだ」ライナス・ポーリングに学ぶ量がイノベーションを生む発想法
良いアイデアが浮かばないと悩む人へ。ノーベル賞二度受賞のライナス・ポーリング、エジソン、井深大の名言から、量がイノベーションを生む科学的根拠と日常での実践法を解説します。
ノーベル賞を二度受賞した科学者の「アイデアの量の法則」
化学賞と平和賞というまったく異なる分野でノーベル賞を二度受賞した数少ない人物、ライナス・ポーリングは「良いアイデアを得る最善の方法は、たくさんのアイデアを持つことだ。そして悪いアイデアは捨てればいい」と語りました。一見すると当たり前のように聞こえる言葉ですが、ここには現代のイノベーション研究を先取りした重要な真実が含まれています。
多くの人はアイデアの「質」を最初から求めようとします。「良いアイデアを一つ思いつかなければ」と力むほど、頭は固まり、何も浮かばなくなる。これは脳の構造から見ても自然な反応です。アイデアを批判的に評価する前頭前皮質と、アイデアを自由に生成する側頭葉のネットワークは、同時にフル稼働できないことが脳科学研究で示されています。質を先に求めると、量を生む回路が止まってしまうのです。
ポーリングが言う「量を出してから質を選ぶ」という順序は、創造性研究で「発散的思考」と「収束的思考」と呼ばれる二段階のプロセスそのものです。心理学者ロバート・サイモントンの研究では、生涯で偉大な業績を残した科学者・芸術家ほど駄作の数も多いことが繰り返し示されています。ピカソは生涯で約二万点、エジソンは特許だけで一〇九三件、バッハは毎週一曲ずつ何百曲ものカンタータを書きました。傑作の数は、駄作の数とほぼ比例していたのです。
エジソンの実験ノート三五〇〇冊が物語る量の力
発明王トーマス・エジソンは「天才とは一パーセントのひらめきと九九パーセントの汗である」と語ったことで有名ですが、もう一つあまり知られていない事実があります。彼は生涯で三五〇〇冊以上の実験ノートを残し、その中には実に何万件ものアイデアと失敗の記録が並んでいました。
エジソンが白熱電球のフィラメントを完成させるまでに試した素材は、公式記録だけでも六〇〇〇種類以上と言われています。竹、髭、糸、藁——ありとあらゆるものを試し、その大半は数秒で焼け切れました。エジソンは記者に「六〇〇〇回失敗したと感じませんか」と聞かれ、「いや、六〇〇〇通りの『うまくいかない方法』を発見しただけだ」と答えたエピソードはあまりに有名です。
しかしこの言葉は単なる前向き思考ではなく、ポーリングが言う「量の法則」の実践でした。可能性のある素材を片っ端から試すという発散的アプローチが、最終的に最適解を浮かび上がらせる唯一の道だったのです。エジソンが恐ろしいほどのノートを残したのは、量を質に変える「発散と収束のサイクル」を一人で完結できる科学者だったからに他なりません。
ソニー創業者・井深大が貫いた「百本のうち一本」の発想
ソニーの創業者の一人である井深大氏は、研究者に対してよく「百本のうち一本でも当たればいい。だから九九本を恐れるな」と語っていたと、共同創業者の盛田昭夫氏が回想しています。井深氏自身、ウォークマンの原型となる小型ステレオを発案する前に、何十もの音響技術のアイデアを試し、ほとんどは商品化に至りませんでした。
しかし井深氏は、当たらなかった九九本を「無駄」とは見ませんでした。彼の言葉によれば、「九九本の失敗が、一〇〇本目を当てるための照準を作る」のです。失敗の積み重ねが、現実的な制約・市場のニーズ・技術の限界を肌感覚で理解させ、その理解の上に唯一の成功が乗ります。これはまさにポーリングが言う「量があるから質を見抜ける」という構造そのものです。
ソニーが世界を驚かせた数々のイノベーション——トランジスタラジオ、ウォークマン、CCDカメラ——は、すべて社内で生まれた膨大なアイデアの中から選び抜かれた、ごく一部に過ぎません。井深氏が築いたのは「アイデアを大量に出すことが恥ずかしくない文化」でした。これが、戦後日本のものづくりを変えた最大の財産です。
カフェで紙ナプキンに二〇個書き出した日の小さな手応え
少し個人的な話を挟みます。以前、新しい企画の方向性が定まらず、デスクで何時間うなっても何も浮かばない日が続いていました。考えれば考えるほど「これじゃダメだ」「あれもダメだ」と頭の中で否定の声だけが大きくなって、結局白紙のままパソコンを閉じる、そんな日々です。
ある週末、近所のカフェに紙のノートだけ持って入って、コーヒーを注文した後に「とにかく二〇個、ばかげていてもいいから企画案を書こう」と決めてみました。最初の三、四個は真面目な案、五個目あたりから明らかに無理筋の案、十個を超えると半分冗談のような案、十五個あたりから自分でも何を書いているのか分からない案——そんな感じで、ペンを止めずに書き続けました。
書き終えてコーヒーを一口飲んだとき、不思議なことが起きました。十二番目に書いた、自分では「これは絶対通らない」と思って捨てるつもりだった案が、ふと「あれ、ちょっとひねれば本命になるかもしれない」と見えてきたのです。実際にその後、その案は形を変えながら採用されることになりました。あの日、カフェで紙ナプキンの隅まで使って書きなぐったあの瞬間に、ポーリングの言葉が初めて自分の中で実感に変わりました。「量を出さなければ、自分の中の本当の宝は見えない」と。
アイデアの量を増やす五つの実践法
アイデアの量を増やすには才能ではなく仕組みが必要です。次の五つを試してみてください。
第一に「タイマーを使った強制発散」です。一つのテーマについて十分間タイマーをかけ、その間に最低二〇個のアイデアを書き出すルールを自分に課します。質は一切問いません。十分が短ければ書ききれず、長ければ間延びします。十分という制限が、評価モードを抑え発散モードを起動させます。
第二に「クオリティ・フィルターを後回しにする」ことです。アイデアを書いている最中に「これは無理」「現実的でない」と評価する声が出てきたら、その評価ごと紙の余白に書き留めます。評価をなかったことにするのではなく、評価を「保留する場所」を用意することで、生成モードを守るのです。
第三に「最低数のノルマを決める」ことです。クリエイティビティ研究で有名な企画思考家エドワード・デ・ボーノは「アイデアは最低三〇個出してから絞る」というルールを推奨しています。三〇個という数字は、ありきたりな最初の十個を越えて、頭の奥にある本当のアイデアが顔を出し始める閾値だからです。
第四に「他人と一緒に出す」ことです。一人で出せるアイデアの数には限界があります。三〜五人で同じテーマについて発散する「ブレインストーミング・カードゲーム」のような形式は、互いのアイデアを連想の起点にすることで、一人では到達できない量の発想を生みます。心理学者キース・ソーヤーの研究では、グループで発散したあとに個人で深めるハイブリッド形式が、最も革新的なアウトプットを生むことが示されています。
第五に「定期的に書き溜めたアイデアを読み返す」ことです。書き出したアイデアの真価は、書いた瞬間ではなく、数週間後に冷めた頭で読み返したときに見えてきます。当時はくだらないと思った案が、別の文脈と組み合わさることで急に光ることがあります。アイデアノートは、未来の自分への投資なのです。
「悪いアイデアを恐れない文化」が組織を変える
ピクサーの共同創業者エド・キャットマルは、著書『クリエイティビティ・インク』の中で、ピクサーが守り抜いた最重要の文化を「アイデアの初期段階を守ること」だと書いています。生まれたばかりのアイデアは、ほぼ例外なく未熟で、欠陥だらけです。それを早すぎる段階で批判すると、組織はやがて誰もアイデアを出さなくなります。
キャットマルは「ピクサーの最初の脚本はすべて、まったくの駄作から始まる」と公言しています。重要なのは、駄作を駄作のまま終わらせるのではなく、駄作の中から少しずつ磨いていく文化です。これはまさにポーリングが言う「悪いアイデアを捨てればいい」という思想の組織版です。捨てる前提で出すから、量が出る。量が出るから、磨かれた一つに辿り着けるのです。
日本でも、トヨタの「カイゼン」文化は同じ原理で動いています。現場の作業員から年間何百万件もの改善提案が出され、その大半は採用されません。しかしその中の一パーセントが、世界の自動車産業を変えるような改善になります。量を恐れずに出す文化を組織として持てるかどうかが、長期的なイノベーション力を決定づけるのです。
量は質を呼ぶ、しかし「無責任な量」ではない
ここで誤解されやすい点があります。ポーリングが言う「たくさんのアイデア」とは、思いつきを垂れ流すことではありません。ポーリング自身は化学・物理・医学について膨大な知識を持っていたからこそ、量を出してもそのほとんどに知的な根拠がありました。エジソンも、井深氏も、それぞれの分野で誰よりも深い知識を持っていたから、無責任な量ではなく「準備された量」を出せたのです。
つまり、量を生む土壌は「日々の学び」と「観察」です。良いアイデアを大量に出したければ、まず大量に学び、大量に観察する。その上で発散的に書き出すと、初めて意味のある量になります。これは料理に似ています。冷蔵庫に何もなければ、何皿並べてもただ空の皿が増えるだけです。素材があるから、無数の組み合わせが生まれます。
今日からできる「量の習慣」の第一歩
ライナス・ポーリングの言葉が私たちに教えてくれるのは、創造性は天才だけのものではなく、量を恐れない人が誰でも手にできる力だという事実です。今日から、ノートを一冊用意してください。テーマは何でも構いません。仕事の課題、家庭の悩み、休日の過ごし方——どんなテーマでも、まず二〇個以上のアイデアを書き出すことから始めます。
最初は出てきません。十個目あたりで手が止まります。それでも止まらず、ばかばかしい案や絶対に無理な案も書き続けてください。十五個を超えたあたりから、自分でも驚くような発想が顔を出し始めます。それがあなたの脳の奥にずっと眠っていた、本当のアイデアです。
良いアイデアを一発で当てようとする人と、量を出して選ぶ人。長期的に大きな差が生まれるのは、後者です。今日のノートに二〇個書き出すことから、あなたの創造性の旅が始まります。
この記事を書いた人
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